小説「信長とフロイスの対話」は、一神教であるキリスト教と多神教のような仏教(?)について、信長とフロイスが、議論をしている小説です。
一神教と多神教というと、とてもつまらない感じがしますが、そうではないのです。
私も、神に話は、つまらないと思っていたのですが、小説を書き終わった後、そうでもないと思いました。
一神教と多神教が歴史に与えた影響は、なかなか興味深いです。
歴史の教科書やうんちく本を読むと、いろいろ書かれています。しかし、私なりに一神教と多神教の関係をとらえることができたのです。
・・・・と、一人で自己満足して喜んでいます。
西洋は原理主義と現実主義のバランスが良かった
一神教の原理主義の欠点は、一度、決められた教えが間違っていても、それを認めないことです。
原理主義に陥ると、自己犠牲や他人を犠牲にすることを正義とする信念ができてしまいます。古い話ですが、浅間山山荘事件や地下鉄サリン事件など、まさにそうでした。
西洋の魔女裁判や地動説への迫害など、数え切れないほどあります。
近年でも、電気理論で有名な、オームが発見した「オームの法則」も、神への冒涜といわれ、迫害されたのです。
だから一神教の原理主義は、とてつもない悪だ、という気がしてきますが、ヨーロッパではそうでもなかったのです。
なぜならば、原理主義を修正する機能があったからです。その機能とは、西洋の狭い地域にある多数の国々です。
ある国が一神教の原理主義に陥り、国力が衰退すると、他国から攻められ、負けたりします。
つまり、痛い目に合うのです。
痛い目に合った国は、反省して、「一神教の原理主義」ではダメだとなります。原理主義から「現実主義」になるのです。そして改革がおこります。
西洋は、常に国同士で反省したり欠点を教えあったりすることができたのです。
なので西洋は、一神教の原理主義にもかかわらず、長期的には原理主義に陥らず、現実を改革して、やがて産業革命を成しとげます。大いに発展することができました。
一神教の原理主義の長所は、ひとつの目標にむけて多くの人々を糾合できる点です。
西洋は、原理主義と現実主義のバランスが絶妙にコントロールされていたといえましょう。
多神教の東洋は、長期的には一神教の原理主義になった
西洋と逆の発展をしたのが東洋です。
中国や朝鮮は、もともとは多神教の国です。しかし、最後は、「中華思想」という一神教みたいな原理主義に陥ります。
具体的には、中華思想を賛美する朱子学の原理主義国家となります。
19世紀、中国、朝鮮は、自分達は世界の中心であるという原理主義から抜け出せなかったのです。西洋と違い、現実に目をむけることができなかったのです。
だから、当時の西洋列強に対抗することができず、領土を蚕食されました。
この原因は、中国、朝鮮は、西洋のような原理主義を修正する機能がなかったからです。西洋に比べると、平野が多く、多くの国が併存しにくい環境にあったことも一因でしょう。
現実主義よりも原理主義が優勢なまま、19世紀をむかえてしまい、西洋に大きく遅れをとってしまったのです。
日本は、島国だったので、中国や朝鮮の影響を受けず、原理主義よりも現実主義が優勢でした。なので明治維新をなしとげ、西洋の侵略を防ぐことができたのでしょう。
ひとこと
小説やブログ書いたり、本を読んだりすると、どんどん書きたいテーマが浮かんできます。
時間ができたら書きまくろうと思います。
こうしてブログに書くと、備忘録や小説を書くときの資料にもなります。ブログと小説の併用って、なかなか便利です。