なぜ、織田信長は、お茶が好きだったのか?

 

織田信長は、鷹狩りや能など多趣味でしたが、なかでもお茶が好きでした。

もちろん、ただ、お茶をガブガブ飲むということではなく、茶会を開くのが好きだったのです。

茶会は、小さな茶室(庵室)で、幾人かでお茶を飲むのですが、いったい茶会のどこに魅かれたのでしょうか?

酒宴のほうが楽しそうな気がしますが、茶会には信長が共感できる大きな魅力があったのです。

茶会は、原則、身分の上下が無かった

茶会では、茶室に入いるには、「にじり口」という小さな入り口から出入りします。

狭いので手をついて、かがんで入らないといけません。

にじり口が小さい理由は、日常と非日常の境界をわけるためです。

非日常なので、天下人でも、庶民でも、にじり口をくぐるときは、身分の上下が無くなる、との意味もこめられています。

普通、高貴な武士や貴族は、身分の上下を重視します。高貴な身分の者は、庶民と言葉をかわすのさえ嫌がります。

しかし信長は、能力さえあれば、羽柴秀吉や明智光秀のような身分の低い者を好んで重臣にします。

逆に身分が高くても実力の無いものを冷遇します。

それだけではなく、当時の寺社や朝廷、幕府などの権威を否定した行為を重ねていました。

信長は、当時の身分制度や権威による弊害を、とても嫌っていたのです。

だから茶会、とくに、にじり口を「かがんで入る」という点を、信長は、たいへん気に入ったのかもしれません。

茶器の価値を利用した

身分や権威という価値を否定するような「にじり口」とは逆に、茶会は価値を創造する場でもありました。

茶道具のひとつである茶碗は、ただの土からつくられたものです。しかし、その茶碗が広大な領地に匹敵するぐらいの価値になります。

家来の恩賞(給料)を土地で払っていると、いつか足りなくなります。そこで信長は、恩賞を茶道具で払うようにしたのです。

茶会を頻繁に開くことにより、いろいろな茶道具の価値を高めることもできました。

恩賞の茶道具をもらった武将は、たいへん喜んだそうです。信長も土地や金銀で恩賞を払わずにすむので、武将以上に大喜びでした。

土からできた茶碗が土地や金銀と同じような価値を持つなんて、便利でいいですね。

まるでビットコイン(仮想通貨)みたいです(・∩・)?

当時の土からできた茶碗と、現代の電子信号でできた仮想通貨は、なんか似ています。

現代風に言えば、「信用創造の産物」ということでしょうか?

ひとこと

信長が建てた安土桃山城は、まさに「信用創造のための城」と言えます。

桃山城が完成すると、入場料をとって民衆に見学させたのです。

それまでの通常の城と違い、桃山城は異次元の建築物でした。信長の権威を高めるための城とも言えます。

天下が目前に迫ってきた信長は、自分の権威を高めるため、ユニークな工夫を次々と創りまくっていたのです(●^□^●)